登校拒否脱出までの期間は、その子の心の状態により長かったり短かったりそれぞれです。
登校拒否になって、1か月、2カ月経つと出口の見えない長い長いトンネルに入り暗闇の中、不安でたまらなくなります。
いつになったら抜け出せるのか?
いつまで、続くのか?
不安でいっぱいになり、つい子供に聞いてしまいます。
「いつになったら学校行くの?」
聞かれた子供は、だまったままです。
親にとって子供が順調に小学校に行って、中学校に行って毎日学校に通ってくれるだけで良いと思ってしまいます。
学校にさえ行ってくれればと思ってました。
でもそれって、みんなが学校に行ってるからわが子も同じように学校に行けてるから、だから安心する。
みんなと同じなら安心?みんなと違ったら不安?
私の中でいつもこんな葛藤をしていました。
登校拒否になってから登校できるまでの期間、私はずっと不安でした。
思わず言ってしまう言葉、家にいる間何するの?みんなは勉強してるよ。家にいるんだったら勉強して。等です。
勉強させることで、私が安心したかったです。
私の焦る気持ちからつい出てしまう言葉ですが、子供にとってどんな気持ちになるのでしょう?
子供の立場で考えれるようになったのは、登校拒否が始まってから随分長い時間が経ってからです。
長い目で見る事は、ある意味開き直りです。
成る様に成る、という事。
今、家でゲームしてても勉強してても寝てても何もしなくても成る様になる。
今の状態が続くだけで何も変わらない。
でも一つだけ言える事は、命があり生きているという事。
私は、この子の親で、私から産まれて来てくれた事、私がこの子のお蔭で親になれた事、生きてるだけで良い、ありがとう。
そんな風に思うと、登校拒否なんて長い人生の中の一つの経験って思える様になりました。
ここまでの境地に行くまで、私の場合登校拒否が始まってから3年位かかりました。
親の生活のほとんど全てを子供の為に費やします。
親の愛情があるからこそ、全て子供の為を思うと何でも出来ると思っていました。
子供の為と思い車で2時間かけて有名な病院で診察してもらい発達障害が無いということでしたので、思春期外来に通院しました。
子供の為だったら何でも出来ると思ってましたが、毎月隔週で仕事を休み車で2時間、往復4時間かけて通院するのは長く続きませんでした。
思春期外来の先生はとても良いアドバイスをして下さいますので、少しの期間でしたが通って良かったと思っています。
娘も先生の助言で沢山の事に気付かされたと言っています。
私も先生のお蔭で、心に余裕が持てる様になりました。
感謝しています。
私の人生と子供の人生は、別の物って分かっているんです、頭では。
私の人生と娘の人生は、別物です。
二つのレールがあり交わる事はあっても重なる事はないです。
一緒に生活をし、育てていれば、同じレールを一緒に進んでいるかの様な錯覚を起こします。
私にも子供の頃があり、成長して成人して大人になり、仕事して、恋愛して結婚して子供を産み今の生活があります。
思い返すと、私の人生に親は、かけがえの無い存在ではありますが、どの時期をとっても一緒のレールで重なってる時期はありませんでした。
私の人生は、私が感じた感覚で私のスピードで私がハンドルを握り私が人生を進めている。
幼稚園の時も小学校の時も中学校になっても高校制になっても大学に行ってもそれから先
ずっと、親が一緒に同じレールに居た事なんて無かった。
親は、私の人生の外からそっと、応援してくれて、たまには叱咤激励で見守ってくれていた。
それに気付いた時、私は娘の一番の味方でいよう、一番の理解者で一番応援するって決めました。
私の心が決まった時を境に娘は、どんどん元気になっていきました。


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